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人生をかけた音楽 その生き様に触れて欲しい(2015年2月号 有田正広さん)

いつしか定番スタイルに

_DSC0325.jpg音楽に欠かせない楽器には様々なものがあるが、中でもフルートは奏者、そして楽曲に合わせて多彩な音色を奏でることで知られる。このフルートという楽器は、実は木管楽器に分類される。一般的にシルバーやゴールドに輝く外観を持つだけに意外かもしれないが、そのルーツは木製のフラウト・トラヴェルソといわれている。
その古楽器を今に伝えるフルート奏者が、有田正広さん。偉大な音楽家を彷彿とさせるヘアスタイルに、シンプルなランドタイプのリムレスメガネに引き寄せられる。ご本人からは、「メガネにそれほどこだわりはありませんが…」と事前に話を伺っていただけに、その言葉が信じられなかった。
近視と乱視の矯正に使っていたのはコンタクトレンズ。メガネがその主役になっていくのは、目の疲れと自身の性格にも起因しているという。「お酒を飲んでいるときなどは酔っているので、帰宅して一生懸命外そうとしても上手くいかなかったり、付けたまま寝てしまったり。無くしてしまうことや、コンタクトレンズ付けているにもかかわらず、もう1枚を入れてしまうことも」と苦笑い。
30歳を越えてメガネを掛け始めるようになったが、周囲からはそのイメージではないと言われていたと話す有田さんの表情は明るい。「このような白髪のモジャモジャヘアでしょ。今ではメガネ姿が僕のスタイルになってしまうのですから不思議なものです」。

アンティークに魅せられて

arita megane.jpgテーブルに並べられたメガネは、本数こそ多くはないが、丸みを帯びたレンズフォルムに統一されているところを見ても、有田さんの審美眼が映し出されている。その中の一本に目が釘付けとなる。テンプルが二つに折れる一山タイプのアンティークなメガネだ。パリの骨董街として有名なクリニャンクールのとある一軒の骨董屋で買い求めたものという。
「ジャンルを問わず骨董品が好きでパリに行ったときには、必ず骨董街に顔を出すんです。たまたま訪れた店がメガネを扱っていて、目に止まったメガネだったんです。これ何?と尋ねると、19世紀のメガネだと。メガネを掛けるようになって見方が変わってきた頃で、またシューベルトの肖像画にも、このようなデザインのメガネを掛けている。おっ、これは良いなって。相当に値切って買ったんですよ。日本人の場合、言い値で買う方が多いようですが、ぼくは絶対に値切って買うんです。もう持って行っていいよ、と根負けさせてしまうまで(笑)。もちろんいきなり値段交渉はできません。店の主人やマダムたちと世間話をしながら胸襟を開いたところで、交渉をスタート。買い物を楽しみながら語学の勉強にもなるんです」
実際の購入価格は驚く事なかれ、おおよそ10分の1とのこと。「そういうものしか買えないんです。お金がないので。店のマダムはきっと、よく喋る変な日本人として面白がってくれたのかも。いずれにしても良い買い物ができました」とユーモアにあふれる方でもある。

道具は宝

_DSC0339.jpgそれにしても、そのアンティークメガネは時代を感じさせないほどの美品。有田さんも手に取り、「この丁番のストッパーの曲面が美しい。よく見ると表面にヤスリをかけた跡が残っているんです」と語り掛ける。拝借して眺めると合口の一体感と優れた面精度に職人の技を感じてしまう。すると「このネジはマイナスのところがいいんです」との一言に驚かされる。フレームに使われているネジの大半がプラスであるからだ。昔の職人はネジも手作りしていたことを話すと、「そうなんですか。僕もネジを自作しているんですよ」と。
もちろんメガネ用のネジではない。「もの作りは元々好きでした。実際、僕自身が作ったフルートで演奏しているんですよ」と有田さん。何でも自宅の庭には旋盤も備えた工房を構えているという。これは、当時の楽曲をオリジナル楽器で演奏するという音楽活動の一つを表現するためのもの。「古い楽器を使うと当然劣化してしまいます。大げさかもしれませんが、古楽器は人類の財産だと思います。ですから後生の人たちに残していかなければならない。そのためにレプリカを僕自身がつくるんです」と話してくれた。
演奏家が楽器に対する深い愛着を持っていることに疑う余地はない。ただ、そこまでの使命感を持った音楽家は稀であろう。「僕は道具(楽器)とは、自分の命を表現するものだと思っているんです。音楽というのは作曲家のイメージ、メッセージをどう表現するか。そのために道具はかけがえのないものなんです。音楽は耳で聴いて感じるもの。ものは見て、触って実際に感触を確かめることができます。音楽はそういった感触はなく、また一瞬で消えていきます。ただししっかりと記憶に残るものです。ですから楽器は、消えていく音を記憶に残す音を表現する最良の道具であり、財産であるわけです。僕が一番こだわっているところで、あとは作曲家がイメージしている思いを伝えること。そこに僕は生きているだけ。それ以外何もいりません」と、厳しくもやさしい眼差しを送っていた。

 

profile
ありた まさひろ
1972年、桐朋学園大学を首席で卒業し、NHK・毎日音楽コンクール(現日本音楽コンクール)で優勝し、翌年ベルギー・ブリュッセル王立音楽院に留学し、75年プルミエプリで卒業。同年、ブルージュ国際音楽コンクールのフラウト・トラヴェルソ部門で第一位となる。内外の名主たちとも盛んに共演してきたほか、国内でもリサイタルなどフルート奏者として精力的に演奏を続けている。またルネサンスから現代に至る様々な変遷を遂げてきた古楽器によるフルート奏者のパイオニアであり、古楽器と現代楽器奏法を駆使した活動を続ける国際的な音楽家として知られている。一方、東京バッハ・モーツァルト・オーケストラを結成し、その後、オリジナルが楽器によるオーケストラ、クラシカルプレイヤーズ東京へと発展させ、指揮者として活躍する一方、研究活動とともに、昭和音楽大学、桐朋学園大学で後進の指導にあたる。

 

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