ホーム > 眼鏡旬人 > 進化を続け、東京五輪の舞台に(2015年12月号 藤原里華さん)

進化を続け、東京五輪の舞台に(2015年12月号 藤原里華さん)

アイケアにも欠かせない

左頁横.jpg老若男女が楽しめるテニスも、競技ともなれば牙をむく。瞬発力、持久力、そして1人、孤独の戦いが続くことから強靱な精神力が備わっていなければ、世界を相手に戦うことはできない。弱冠17歳でプロに転向し、世界に挑戦し続けている女子プロテニスプレイヤーの1人が、藤原里華選手だ。

サングラスの機能を理解しながらも、それこそ身体の一部になるまでには、ある程度の時間が必要だった。その転機になったのが手首の故障。災い転じて福となすではないが、リハビリ期間をサングラスとともに歩み、自身のテニスキャリアのセカンドステージを支えることになった。
「06年に手首の手術をして、試合復帰のためのトレーニングの一環としてランニングをしていました。春から初夏の季節だっただけに、サングラスを掛けて走っていたんです。そのタイミングで家の近くで開催されていたビーチバレーの試合を見に行ったとき、オークリーの方がいらして、その友人が私のことをテニスの日本代表選手と話してくれたら、ゴルフの宮里選手と同じモデルを提供してくれたんです。ピンクのカラーがとても可愛くて、このサングラスに掛け替えたらランニング自体も楽しくなってくるんです。そろそろリハビリを終えて、打ち始める頃にもなれば、もうサングラスがないとダメな状態になっていたんです。走りながらいろいろなものを見る練習ができたんだと思います」

テニスは紫外線に常に晒されるスポーツでもある。とくに女性にとって肌の天敵でサングラスfujuwara.jpgもあるが、「先輩の選手や、引退後にコーチになっている人たちの間で、翼状片に罹って仕舞う人が増えているんです。いま、焦ってサングラスをかけている状況です。私の場合は早くからサングラスを掛けていたので問題ありませんが、結婚して子どもができたら、それこそ公園デビューから掛けさせたいと思います。紫外線だけでなく、サングラスを掛けることで悩まされていた偏頭痛も解消されたんです。それまでは眩しい中で、見よう見ようと緊張していたので。それが緩和されたんだと思います」とは、アスリートのみならず、紫外線、眩しさ対策としてのサングラスを考えさせられる。

オリンピアを目指して

度重なる手首の故障に悩まされても這い上がってきた藤原選手。小柄ながら右頁縦⒈.jpgスピード感のある、年齢を感じさせない若さあふれるスタイルは今も変わらない。今後の目標を伺うと、「オリンピアンになりたい。そして東京オリンピックで金メダルをとることです」と目を輝かす。ツアーファイナルへの出場、世界チャンピオンにも勝利を収めている実績をもつだけに大いに期待したいところ。
「いまトレーナーにも恵まれ、考え方をもっと柔軟にポジティブにし、身体の動かし方を極めていけば、今以上のパフォーマンスが上がっていくといわれています。左手首はまだ完治している状況にありませんが、最善の治療方法を選択をしてオリンピックに近付きたい。また医学も科学も進歩して、選手寿命は伸びています。ゲーム自体も成熟してきて、若手がそう簡単に勝てなくなってもいるんです。それだけに年齢はハンディではありません。私自身も進化していると実感していて、総体的なスピードこそ過去と比べれば落ちていますが、ボールに対する反応の速さはむしろ上がってきているんです。まだまだ若手には負けるわけにはいきません。5年後、私は39歳。金メダルをとって、両手を高らかに上げて、サンキューと言えたら最高です」。

profile
ふじわら りか
1981年9月19日、東京都府中市生まれ。テニス一家に生まれ、6歳の時からテニスを始める。17歳の時に出場した全日本選手権で、当時世界で活躍していた選手から金星をあげ、早くも頭角を現し、高校在学中にプロに転向。世界の舞台で戦いを挑み、WTA(女子テニス協会)の最高ランクにおける自己最高ランキングはシングル84位、ダブルス13位。2020年東京五輪出場に向けて意欲を燃やす一方、(一社)Pro Tour Team Japanを立ち上げ、世界で活躍できる後進の育成にも力を入れている。
オフィシャルサイト:www.rikafujiwara.com/

※全文は是非、本誌でお楽しみ下さい

最新号のご案内


  目次を見る  
購読・購入申し込み