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メガネがあって僕のスタイルが完成される(2015年3月号 伊津野 亮さん)

父の姿に…

伊津野−1.jpg声の職業の代表といえば、ラジオDJをすぐに思い浮かべることができる。DJの姿がベールに包まれていたのは、もはや過去のこと。DJそのものにスポットライトが当たる時代でもある。中でも伊津野 亮さんといえば、昨年、数々のバラエティ番組に出演し、その濃くも精力的な姿を目にした方も多いはず。心に響くバリトンボイスとのギャップに心地良い新鮮さを覚えたことだろう。
もっとも朝の情報番組で長らくスタジオCMを担当しているだけに、伊津野さんを知る人は多い。出演時はメガネ姿ではないが、様々なメディアや自身のブログでは、ほぼ100%メガネ(サングラス)姿の写真がアップされている。インタビュー会場に姿を現した伊津野さんの手には大きな紙袋。期待通り、この袋の中から次々とアイウェアを取りだし、テーブルの上に並べてくれた。その多くはグラマラスなサングラスで、ファッションとして楽しんでいることがうかがえる。

「今日はサングラスを多めに持ってきましたが、露出という面では伊達メガネがほとんど。ラジオ出演時には欠かさず掛けています_DSC1642.jpgが、その姿は見えませんね。でもブログに頻繁にアップしています。なぜメガネかといえば、幼少の頃からの憧れでもあったんです。身内の話になってしまいますが、父は熊本大学で物理を教えていた人間で、メガネ姿が実に似合っていたんです。いつか僕も父のようなインテリな感じで、メガネを掛けたいと思っていたんです。本を読みすぎて視力が悪くなり、メガネが似合うおっさんを夢見ていたものの、あに図らんや一向に視力は悪くならない(笑)。ただ、ある年齢から大人ぶるようになって、しかもメガネは七難隠すともいいますよね。40代後半から50代になってからは、ラジオやテレビでは必ず伊達メガネ_DSC1647.jpgを掛けるようにしたんです。この年齢になるとメガネの役目が変わってくるんです。七難隠すではなくて、7歳若くなる。また、ようやくその年を迎え、メガネに負けない顔つきになったということです」

 

 

 

 

 

全力疾走

_DSC1536.jpgまた趣味のバイクは50歳を手前に大型二輪免許を取得したほか、自転車は50歳を過ぎて始めたという。このほかカート、ウインドサーフィンなども嗜み、ご本人の弁を借りれば、まさにスーパーオヤジといったところか。そんな伊津野さんの今後の夢、チャレンジしたいことについてうかがってみた。

「仕事上では、僕を追い抜いていく人を育てたい。おかげさまで独り立ちできる人材を輩出することができたのはうれしいことです。個人的にはアクティブなスポーツは今後も続けていきます。新たなこととしては、幼稚園から中学2年生まで習っていたバイオリンを復活させること。それとサックスにチャレンジしようと思っています。クラブイベントで流す音楽はEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)のジャンルにはサックス演奏が入っている楽曲が多いんです。僕自身がサックスを演奏して、曲を掛けるというパフォーマンスをできればと考えています。そこで試しに吹いてみたら、まったく音がでない。何でこんなに難しいんだと実感したところですが、難攻不落だけにやり甲斐もあります。しかま演奏しているところを写真に撮ってもらったら、意外にも似合っているんですよ(笑)。こうした自意識は過剰に持つことも大切。中年になると翼はすぐに折れてしまうのは許せない。ガラスの中年も、翼の折れた中年もダメ。 やっぱり羽ばたき続けていかないと!」
 

※全文は是非本誌でお楽しみ下さい

Profile

1959年3月8日熊本県生まれ。フリーアナウンサーとしてデビューし、テレビ司会、スポーツ実況、ラジオDJ、ナレーターなど多方面で活躍。渋いバリトンボイス。その反面、褐色の肌と鍛え上げられた肉体から、ナレーター界の黒い弾丸との異名をもつ。「有吉反省会」「踊る!さんま御殿」「行列のできる法律相談所」ナレーションは、「ぷっすま」「内村プロデュース」、ラジオでは「BAY LINE GO!GO!」「SKY GATE TRAVELLIN'GROOVE!!」などが主な出演歴。このほかナレーター、ラジオDJ事務所「オフィスアール」を設立し、後進の指導に当たる。
オフィシャルブログ http://ameblo.jp/djryo1111/

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