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競輪、ケイリンの両方で速さを証明したい(2016年7月号 渡邉一成さん)

スタートダッシュ 奪取!

──練習を終えたばかりのところ時間をいただきありがとうございます。TOPwatanabe.jpg今年はG1レース初戦の全日本選抜競輪で、初のG1タイトルを獲得されました。その心境からお聞かせ下さい。

G1の決勝は、競馬と違ってトーナメントを勝ち上がっていく必要があります。僕の場合は7回目の挑戦でタイトルを手にすることができました。決勝の場に出場できたとしても、そう簡単に勝つことはできません。僕よりも多く出場しても勝つことができない選手がいる一方で、同期には9個ものタイトルホルダーもいます。早かったのか、遅かったのは意見の分かれるところですね。

──すでに3カ月(取材は5月)を過ぎているので、冷静に判断されているようですね。また3大会連続でオリンピック代表選手に選ばれるなど、特別な年だと思います。

実は2月初旬のアジア選手権を終えた時点では、代表枠から落ちていたんです。でもこれには理由があって、関係者による英語の解釈に誤りがあって、アジアで2人とされていたのが、2カ国で最大4名の枠があったのです。3月初めの最終的な代表発表まで代表落ちを覚悟していたわけで、その間に開催された全日本選抜での勝利は、周囲からオリンピックに出られなかったご褒美、と励ましてくました。それが最終発表で大どんでん返し。G1勝利とオリンピック代表という、僕のこれまでの人生の中で経験したことのないキャリアの年となりました。

まさにワーキングギア

めがね縦渡辺.jpg──自転車といえばサングラスは切ってもきれないアイテム。インタビュー前に練習風景を見学させていただきましたが、練習時にもしっかりサングラスを着用しているんですね。
アマチュア時代は師匠が厳しくて、サングラスの着用はNGでした。また競輪学校でも掛けては良いけれど、クリアタイプのみ。意外にもサングラスは憂き目にあっていたんです。ようやくプロになって色つきのサングラスを掛けることができたんです。眩しさの中から解放され、こんなに楽な視界があったのかと。外で走ることがほとんどでしたので、実に感動的な瞬間でした。

──ここは屋内バンクですが、濃度の高いレンズがセットされていました。サングラスを数本お持ちいただきましたが、どのように使い分けされていますか。

太陽からの日差しが強い時は当然のように濃いレンズを選んでいます。また曇りや室内では、周囲から視線が確認出来ない程度の濃さがあるレンズやミラータイプになります。室内でもある程度の濃さは必要なんです。それは自分の目が見えてしまうような薄いレンズでは、観客のストロボで目にダメージを受けるときがあるからです。いまはスマホやケータイも光をだしますよね。そんな僅かな光量でも気になってしまうときがあるんです。またバンクを周回するので、特に屋外では全方位的に光が入ってきますから、その侵入を防ぐようなデザインをサングラスを求めています。レースは雨天でも決行しますので、自転車競技全般にいえるように欠かすことのできないアイテムです。

次なるメイクドラマを

トラック2.jpg──リオ・オリンピックの開催が近付いてきました。渡邊さん自身、今回で3大会連続の出場となります。プロ選手になってから一貫して競輪とトラック競技の両立を目指しています。

一言でいえば、速さを証明したいからです。競輪の賞金ランクトップやS級S班の選手が競技でも同じような結果をだせるかと言えば、そうではないんです。その逆にトップスピードが一番の選手が、競輪で十分な勝利を収めることもできません。競輪と競技はまったく別物ですが、世界で通用する選手が日本の競輪でも勝てるんだ、これを目標に置いているんです。

──それでは、オリンピックの意気込みをお聞かせ下さい。

年々レベルアップして厳しい大会になることが予想されています。本場ヨーロッパもさらにレベルが上がり、それほどでもなかった中南米やアフリカの選手もメキメキと力をつけています。今回のオリンピックは僕自身、最後の大会だと思って臨みます。過去2回のオリンピックでは結果を残さないといけない、というプレッシャーや気負いもあって、満足なレースができませんでした。今回のオリンピックでは勝っても負けても後悔したくないレースにしたい。大会を楽しめるように余裕をもってリオに向かいます。


※プロフィール
わたなべかずなり
1983年8月12日、福島県双葉町生まれ。高校2年生の時に、元競輪選手に師事し、競輪選手を目指すべくトレーニングを続け、高校卒業後、競輪学校入学を果たす。卒業後、晴れて競輪選手となり、03年のデビュー戦の舞台となった京王閣競輪場で初勝利を飾る。その後、順調にステップアップし、S級に昇格。今年2月には悲願ともいえるG1タイトルを獲得した。また競輪とともにトラック競技との両立を目指す数少ない選手でもある。主な競技成績はUCIトラックワールドカップで04年モスクワ、05年シドニーで銀、06アジア競技大会ドーハで金、アジア自転車競技選手権ではケイリンで09年カリマンタン、10年シャルージャで金、スプリントは12年区アランプールで金を獲得。08年北京、12年ロンドン、そして16年リオと3大会連続でオリンピック代表選手に選ばれる。

※全文は是非、本誌でお楽しみ下さい。

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