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デザインや視界も含め掛けて落ち着く眼鏡が一番です(2017年4月号 松任谷正隆さん)

ダテ眼鏡を作るつもりが度付きの眼鏡に

matsu左縦.jpg音楽プロデューサー、作曲家、そしてアレンジャーとして活躍する松任谷さん。モータージャーナリストとしての顔ももち、多彩に活躍中している。テレビや雑誌などメディアに登場する機会も多く、いつも穏やかな笑顔に眼鏡がとても馴染んでいるのが印象的だ。
「眼鏡を使い始めたのは、たしか今から30年ほど前のことです。当時事務所があった表参道界隈にできたばかりの眼鏡屋さんへ足を運んだのがきっかけでした。それまでもダテ眼鏡はよく掛けていて、この時もダテ眼鏡を新調するつもりだったのが、『一応検査をしてみましょう』と言われて。測ってみたら乱視と近視が結構あったので、その瞬間から眼鏡使用者になりました。自分では目が悪いという自覚はなかったんですけど、度付きの眼鏡を掛けたとたんに、視界がガラリと変わりましたね。右ハンドルの車から初めて左ハンドルの車に乗り換えたときぐらいの大きな変化でした(笑)」。

聞けばそのショップとは、骨董通りにできたばかりのオリバーピープルズの直営店だという。そこで最初に作ったというのが、オーセンティックなボストン型のコンビネーションフレーム。まさに現在トレンドとなっているスタイルの、オリジナルともいえるデザインだ。
「それが、僕の記念すべき1号目。当時はクリップオンを付けて作ることが多かったですね。オリバーはわりと僕の好きなスタイルだったので、20本ぐらい作ったんじゃないかな。まったく同じものを2本作ったりもしました。もちろんスタイルも重要なんですけど、眼鏡って度が入ってくると単にお洒落のアイテムというだけではなくなりますよね。検査がものすごく大事になってくるから、お店というより担当者に付くようになる。オリバーピープルズでは当時店長だった武川さん(現・フォーナインズ取締役)に検査をしてもらっていたんですけど、そういうこともあって、その後はフォーナインズで眼鏡を作ることになりました。matsuメガネ縦.jpgここでも10本は作ったんじゃないかな」。

国内外のハイセンスなフレームをさまざま掛けこなしてきている模様。ここ最近は、ややゆったりとしたスクエアフレームがトレードマークだ。
「これはジンズのフレームです。意外ですか? みんなそう言いますね。今から10年近く前にゾフの社長から、『眼鏡はじつはこれくらい安くできるんだ』って話を聞いて、価値観がガラっと変わりました。でも、僕はフレームは値段じゃないと思っているんです。掛けて落ち着くのが一番。いろいろ掛けたいとは思いながらも、今はこれが一番落ち着くんですよ。〝落ち着く〟というのは具体的に言葉で表すのは難しくて、インスピレーションかな。自分の顔を鏡で見たときに、こんな印象でいたいという顔になるからなんでしょうね。フレームの太さとか角度とか、もうほんとに微妙なところで表情が変わるから不思議ですよね。今日は黒を掛けているけど、これはブラウンも同時に買いました。本当はボストン型が好きなんですけど、ウェリントンのほうが似合うような気がしています」。

自分の最高傑作は常に次の作品です

matsu決め.jpg昨年、松任谷さんは1冊の本を出版した。『僕の音楽キャリア全部話します』というそのタイトル通り、デビューの頃から今に至るまで、ミュージシャン、アレンジャー、音楽プロデューサーとしての仕事が事細かに語られたインタビュー本だ。読んでみると、この曲やあの曲まで松任谷さんが関わっていたのかと、その仕事量や幅の広さに驚かされる。たくさんのミュージシャンの名が登場し、その時々のスタジオでの様子や曲作りにおいての考え方などが綴られているため、音楽好きならなおのこと楽しめるはずだ。

著書にはこんな一節がある。
〝「昔がよかった」とは、僕は死んでも言いません。僕はいつも今が一番です。最高傑作は、常に次の作品です。〟
ミュージシャンとして45年を超えるキャリアをもち、誰もが知るほどのヒット曲を数多く生み出している松任谷さんのこの発言。あぁ、だから松任谷さんはいつまでも日本のポップシーンの中心にいるのだと改めて感じさせる。とはいえ、長いキャリアのなかでつねに最高の自分を保つというのは並大抵のことではないだろう。
「うーん、そうですかね。それは人間のごく普通の生理だと思いますよ。だって、例えば今日カレーを作って、すごく美味しいものができたとしても、明日も明後日もそのカレーだったら嫌でしょう?(笑)。人間は必ず飽きるんですよ、何に対しても。それが原動力なんですよね。だから出来上がったアルバムを聴くことはほとんどないんです。それはもう、過去のものですから。今日ものすごく気分がいい洋服のコーディネートができたって、明日着たらもう飽きますよ。明日は明日の風が吹くじゃないですか。日々その風をキャッチして、これからも仕事に限らずいろいろ新しいことをしていくと思います。きっとまた、新しい眼鏡も買いますよ(笑)」。

※プロフィール
まつとうや まさたか
1951年、東京生まれ。4歳からクラシックピアノを習い始め、14歳の頃にバンド活動を始める。1971年、加藤和彦に誘われ、ミュージシャンデビューを果たし、バンド“キャラメル・ママ”“ティン・パン・アレー”に参加。その後アレンジャー、プロデューサーとして、妻である松任谷由実を筆頭に、松田聖子、いきものがかりなど、多くのアーティストの作品に携わる。1986年には主催する音楽学校「MICA MUSIC LABORATORY」を開校。モータージャーナリストとしても活動し、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、AJAJ会員でもある。著書に『僕の音楽キャリア全部話します: 1971/Takuro Yoshida―2016/Yumi Matsutoya』(新潮社)など。

 

※全文は是非、本誌でお楽しみ下さい。

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