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PCカーの普及、啓蒙に向けた快走は続く(2018年2月号 広坂正美さん)

試行錯誤の末に

02_hirosaka-left.jpg実際にメガネを掛け出したのは、08年の現役引退から遡ること約10年前。99年のフィンランドで行われた世界選手権。初めてメガネで臨んだ世界最高峰のレースで見事、優勝を収める。「これでメガネを掛けても大丈夫と、それ以降は常時メガネを掛けてレースに臨むようになりました」と笑顔を浮かべる。
その広坂さんが掛けているメガネは、大きなレンズサイズと既存のレンズシェイプのカテゴリーには属さない独特なデザイン。試行錯誤の末に辿り着いたメガネであることがうかがわれる。「メガネでレースを戦うようになる前に、実はメガネを掛けるようになっていたんです。そんな時に、ラジコン専門誌でレースでも使えるメガネを作ろうという企画で声を掛けられたものだから、参加協力したんです。その出版社と懇意にしている眼鏡店、オードビーさんと知り合うことになりました。正直、あまり期待はしていなかったのですが、さすがにスポーツグラスを長年調製されているショップで、見たいポイントを的確に掴んでくれて、出来上がったメガネを掛けてみればこれまでのメガネとまったく違う視界に驚かされたものです」としみじみと語ってくれた。

エースとなる2本は同デザインだが、1つはクリア、もう一方はカラーレンズになっている。
「この2本のメガネは現役を退き10年近く経っていますが、今でも僕の勝負メガネ(笑)。カラーレンズはタレックス製の偏光レンズで、何が優れているかといえば、オンロードコースを見ていただくとわかると思うのですが、車が走った後の路面が少し黒くなるんです。タイヤの跡です。その黒くなったところをこの偏光レンズによってくっきりと見え、確認しやすくしてくれるんです。これは重要なことで、タイヤの跡が残る黒くなった箇所はホコリが付着しにくくなっていて、滑らないで車を走らせることができる02_hirosaka-glass.jpgからです。それを走る前から目視できるわけで、走らずして他人より一歩リードしている感じになるんです。またレンズのデザインやサイズは、何度も繰り返していまのデザインに落ち着きました。レンズサイズが大きければ情報も多く入手できると思われますが、大きくすればするほど周辺部の視界に違和感を覚えてしまうもの。それを極力抑えながら形にしてくれたんです。ただしこのメガネはレース専用のメガネで、普段かけてしまうと頭が痛くなってしまう(苦笑)。まさにワーキングギアなんです」

創意工夫、アナログの魅力を再発見

02_hirosaka_kime.jpgそれにしても他のスポーツを例にあげるまでもなく、18年間世界選手権連続優勝を保持するアスリートを探すことは難しい。しかし、誰にでも引退は訪れる。その引き際こそに美学が求められる。広坂さんのメジャーレース引退は、「連続記録が途絶えた1年後の世界選手権で3位となった時です。後進も育ってきたし丁度良いタイミングでした」語る表情に一点の曇は無い。その理由は、「僕にとって最後の世界選手権となったタイ大会の時、あのラスベガス大会と同じことが起こってしまったんです。日本人選手の計測ミスです。ただこの時に違ったのは、日本人選手のクレームに対し納得の行く訂正が行われたんです。その選手は安堵したと思いますが、僕は感極まる思い。これを聞いて僕の役目は終わった、ここまで十数年続けて良かったなと」と広坂さん。反骨精神を貫いたレース人生にピリオドを打つことができたのだった。

現在の広坂さんといえば、ヨコモの社員として営業企画部に勤務するかたわら、ラジコン関係諸団体の要職に就き、RCカーの普及、啓蒙に努めている。世界中から尊敬を集める広坂さんだけにセカンドキャリアも目が離せない。最後に、次なる目標を語ってもらった。
「大きなテーマとしてはホビーとしてのラジコンの世界をさらに広めていきたいですね。ラジコンと身近だったのは僕らの世代だと思うので、ゴルフのようにシニアクラスを確立したいと考えています。50歳を超えた大人なたちの居場所をなくならないように楽しめる場所になればうれしいですね。若い人たちによくいわれる車離れのように、愛好者は少なくなっていますが、ラジコン教室のようなものを作って、ラジコン人口を底上げしたいとも考えています。もっと低年齢であればおもちゃ屋さんで売っているタイプでも、ミニ四駆だって良い。入口を増やしそこからグレードアップをさせていくことだと思います。本格的なRCカーには、走らせる魅力だけにとどまることはありません。ゼロからマシンを組み立てていくので工作知識、技術も自然と養われます。作る技術が養われば、直す技術も育まれてくるんです。ゲームの世界ではリセットするだけで元通り。アナログの魅力を再発見できると思います」。

※プロフィール
ひろさかまさみ
1970年2月26日、京都府生まれ。ラジオコントロールカー模型製造発売元㈱ヨコモ営業部所属。5歳の時にRCカーと出会い、7歳の時にオール関西GCレースで初優勝を飾り、16歳の時に全日本チャンピオン、翌年には世界選手権でチャンピオンを獲得以来、39歳で現役を引退するまで世界選手権計14回、全日本選手権52回と前人未踏の記録を打ち立てるなど、RCカーのレジェンドとして世界中から尊敬を集める。引退後はRCカーの普及や大会運営に携わるほか、JMRCA(日本モデルラジオコントロールカー協会)副理事長、FEMCA(FAR EAST MODEL CAR ASSOCIATION)役員、JRM(日本ラジコン模型工業会)理事、R.C.D.C.(全日本RCドリフト競技委員会)会長などの要職を務める。

※ここで紹介しているのはほんの一部。全文は是非、本誌でお楽しみ下さい。

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