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眼鏡旅情

宮崎市(宮崎県)

すでに3月、下旬ともなれば桜の開花が届けられる。季節を感じることができるのは自然だけではない。春の到来を告げる風物詩といえば、キャンプ。もちろんアウトドアレジャーのわけがなく、プロスポーツのキャンプインだ。2月に入ると各テレビ局は一斉に各球団のキャンプインを告げる。ひいき球団があるものの、ここはプロ野球ファンに徹して、旅人も2度目のキャンプインとして宮崎へと飛んだ。

館山(千葉県)

「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」この八文字を知る方は多いと思う。滝沢馬琴による里見八犬伝の不思議な珠だ。NHKで放映された人形劇、新八犬伝は、小学生の頃に欠かさず観ていた番組で、うっかりして観忘れてしまった翌日などは、仲間はずれにされてしまうほど皆が熱中していた。当時から南総とあるだけに千葉県が舞台であったことは知っていたが、辻村ジュサブローによる人形、八犬士の活躍ばかりに目が行っていた。
だが、この旅情企画で訪れた鳥取県倉吉市に里見家の墓所で手を合わせ、里見家そのものに興味を持つようになった。順序は逆になってしまったが、その歴史の一端に触れようと館山の旅へと向かう。

伊東市(静岡県)

無印良品なら格好はいいが、自他共に認める、無計画男。そんな旅人にも、何かを察知する感覚は少なからず持っていた。年末にはまだ早い11月、切羽詰まって動き出す年末の大掃除に先立って、部屋の片付けを始めたところ、押し入れの中から1冊のアルバムを取り出す。
掃除をはじめると、こんなところに、こんなものを置いていたのかと、しばし目を留めてしまうことがある。デジタル全盛のいま、写真アルバムはまさに思い出の品である。豪華な刺繍が施された表紙をめくると、想像していたとおりすべてがモノクロプリント。ページをめくっていくと、一枚の写真に釘付けとなる。
新幹線の車内で撮られた写真。家族4人全員が無邪気な笑顔を浮かべ写真に収められている。他人様に撮ってもらい、この笑顔は信じられない。何故ならば撮影も仕事の一部でありながら、撮られるが大の苦な性格だからだ。自分のことはさておき、一番気になっていたのは父親の笑顔だった。
昭和一桁生まれの頑固親父。しかも家庭を顧みることない仕事人間であって、顔を見るのは、朝食ぐらい。それだけに当時、家族で出掛けた旅行は、きっと本人にとっても楽しい一時であったと信じたい。すでに他界しているから知る由もない。当時旅人はおそらく4、5歳で、昭和40年代半ばだった頃と思われるが、随分前に母親に尋ねたところ、熱海への一泊旅行と聞いたことは、うっすらと覚えている。どうやら旅人の伊豆好きは、幼少期が原点であったことを、半世紀の歳月が過ぎたいま、理解することができたのだった。

甲州市(山梨県)

季節は冬に向かっている。年を重ねるごとに、寒さが見に堪える。子どもは風の子、もう遠い昔のことだ。だが寒さ機厳しい冬の前のお楽しみと言えば、紅葉と果物が頭に浮かぶ。その自然の恵みを求めて向かった先は、山梨県甲州市。勝沼地区の葡萄と桃があまりにも有名だが、すでに季節は過ぎ去っている。恵みの少ないこの季節だけに、柿は代表的な果物で、軒先に吊された干し柿もまた、日本ならではの風景として郷愁を誘うことだろう。

滑川町(埼玉県)

半世紀の人生を歩んでいると、過去の記憶がどんどんと薄れてしまっている。もちろんすべてが抜け落ちしてしまっているわけではなく、事実として覚えているものの、その時の光景をいまに描き出すことができないということだ。自分の歳を嘆いてもしようがない。記憶ということでは、すでに学業を終えて30年近く経つ。わが家を顧みれば子どもたちは学生生活を謳歌しているだけに、何故か自分の学生時代を思い出す。特に期待と不安が同居する新入学時が印象に残り、自己紹介を兼ねたオリエンテーションの記憶が引きずり出される。その一つが、高校へと進学した時に訪れた森林公園だった。
当時はただ広大な土地を持つ公園としかイメージを持たなかった。多感な時期だけにこれも致し方ない。それから30年以上の年月が過ぎ、いまでは遠近両用メガネが手放せないお年頃となり、刺激よりも癒やしを求めるようになるのは自然な流れだろう。そんな高校時代の思い出を辿るも一興。夏も過ぎたこの季節だから、ゆっくりのんびりと緑のシャワーを浴びることにする。

袋井市(静岡県)

大舞台には立てない性格を自覚し、突出することを避け、かといって下にもいたくない。こんな平均的な人間であるため、真ん中という言葉には同士との思いを強くする。世界の中心...、ベストセラー小説であり、今から10年前に映画化され、こちらも大ヒットとなった。中心といえば真ん中にも通じ、まったく関係ないものの何故かうれしくなる。
今回の旅の目的は、真ん中。定義によって様々な真ん中があるが、静岡県袋井市も正真正銘のど真ん中。東海道五十三次で江戸からも京からも数えても27番目。袋井宿であり、プラベ流街道の歩き方が今号でも続く。

木曽町(長野県)

前回の中山道の宿場町巡りで、その世界にはまってしまった旅人は、比較することさえ許されないが、プラベ流街道をゆくとさせていただく。もう少し足を伸ばせば木曽の宿場町に行けたのに、地域限定のテーマがそれを阻んでしまった。
一度に複数の地域を回れば当然、効率的なのだが、やはり旅は自宅を出発してから、いや旅に出る前の準備段階から旅が始まると考えているので、ここはポジティブに捉えていくのが賢明だ。
梅雨本番の時期に訪れただけに雨は気になる。しかも旅立ちの週を迎えて早々、南木曾地区で土砂崩れが発生、甚大な被害を受けてしまった。同じ木曽郡であることから取材中止を視野に入れていたが、目的地である木曽町はまったく問題がないようで、南木曽町の一日も早い復旧を願い、予定どおりのスケジュールで旅に出掛けることになった。

中津川(岐阜県)

恵みの雨には違いないが、旅ともなれば一年を通じてもっとも避けたいのが梅雨の時期。もっとも自他共に認める雨男が嘆くことではない。雨があってこその紫陽花は美しさを際立たせるだけに、ここはポジティブシンキングに徹するだけ。まして梅雨の晴れ間は、いつもの晴天よりも有り難みを感じさせてもくれる。
その淡い期待を抱き向かった先は岐阜県中津川市。岐阜といえば飛騨高山、長良川の鵜飼い、郡上八幡に下呂温泉。いずれも全国に知られた名所であるが故に、中津川の存在を目立たなくさせているのかもしれない。だが、ここ中津川は中仙道の宿場町としての風情を残し、幕末の歴史でも光りがあたる地であったのだ。しかもNHKの朝の連続テレビ小説にまつわる貴重な遺産を見ることができ、また2027年には、リニア中央新幹線の中間駅が、中津川に開業される予定であり、注目度は抜群。鉄道ネタになってしまうが、大都市を除き東海道新幹線とリニアの駅をもつのは、岐阜県だけ。何とも羨ましい。

青梅(東京都)

山無し県に居を構える人間にとって、山そのものの景色を眺めるだけで癒やされてしまう。前号の小鹿野でその思いを強くし、熱も冷めやらず出掛けた先は、青梅だ。御岳山、そして多摩川と一粒で二度美味しいとはこのこと。「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」の季節にこそふさわしい地でもある。
青梅は圏央道の開通に伴い、車でのアクセスはすこぶる良い。関越道、中央高速を経由しても、青梅に入ることができる。こうした道路整備がなければ、きっと青梅を訪れることはなかったと思う。この時ばかりは、思わず道路族を応援したくなってしまう。
登山、トレッキングを嗜まないだけに、青梅への印象は薄い。青梅マラソンは単にその存在を知っているだけだが、その歴史はもうすぐ半世紀であり、日本最大のマラソン大会だとか。距離は30㎞だが、山間を走るだけに、きっと体力消耗度はフルマラソンと肩を並べることだろう。
胸を張るほどの貧脚自慢には、まったく関係はない。いま山ガールが大挙して押し寄せてくるらしいが、興味というか自分の身体が拒否反応をし示してしまう。それでも頂からの眺望は楽しみたい、こんなわがままな旅人にもやさしい山が、御岳山なのだ。

小鹿野町(埼玉県)

編集部と親交のある、とあるメーカーの営業マンが表敬訪問してくれた。当コーナーの編集作業をしていたところで、運悪くというかパソコン画面を覗かれてしまった。「次号は小鹿野なんですね」と語り掛けてくる。ほんの一枚の風景写真を見ただけで、旅した地を言い当てるとは、一体何者?
この方は埼玉出身で、本人曰く埼玉県人なら誰でも知っていると胸を張る。山に囲まれたところで、トレッキングに絶好な場所であるとレクチャーしてくれた。正直、今回の旅を通じて小鹿野を知ったわけだが、秩父市という一括りにしか考えていなかった。
ただ、頭の中にかすかに残っていたのは、先の大雪で孤立集落が発生した地であったことと、わらじカツ丼が有名(この時点では秩父と思っていた)だったことぐらいだ。もっとも旅人は千葉県人であるので、どうかお許しいただきたい。
秩父地区は以前、家族で長瀞に出かけたことがある。また秩父市内にも取材で訪れたことがあるのに、小鹿野町に目が行かなかった。すでにこの連載も100回をゆうに超えている。これは恥とばかりに、秩父・小鹿野を目指すことにする。

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