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眼鏡旅情

武蔵小杉(川崎市中原区)

今年は日本国民にとって明るい話題が届けられた。ご存じ、富士山が世界文化遺産に登録されたこと。山体だけでなく周囲にある神社、登山道、湖沼などで構成されているが、世界遺産取材ではないのでこの辺にしておこう。
なぜ富士山の話題を紹介したかとえいば、日本一。やはり、二番、三番と違って、ナンバーワンの響きはグッとくる。そこで日本一を探しをキーワードに旅に出ることにするが、意外な一番が武蔵小杉にあることを知る。何が日本一かといえば、階数日本一のタワーマンション(2010年10月時点)、パークシティ武蔵小杉・ミッドスカイタワーがそれ。
なんと地上59階建てという恐るべし高さ。その高さは大阪の北浜タワーに次ぐ、203・5メートル。編集部もマンションの最上階にあるものの、その階数といえばわずか9階と足下にも及ばない。だが下一桁の数字と同じだけに親近感を覚えてしまう。ご迷惑を承知の上で、歳の離れた兄貴と慕い、運命の悪戯で離ればなれになった兄弟が再会、という妄想を抱きながら、武蔵小杉へと旅立った。

島田

天高く聳える高層ビル、マンションもいいけれど、やはり歴史ある町は趣が違う。宿場町をイメージさせるものとして有名なのが、水戸黄門であり、またシンボル的存在といえば、十返舎一九作の東海道中膝栗毛。この余りにも有名な滑稽本を知ることになったのは、テレビアニメ、いなかっぺ大将。主人公の風大左衛門が東海道へと武者修行に出たからだった。旅人にとっては東海道中膝栗毛は思い出深い。もちろん大左衛門のように、歩いて旅したわけではないが、小学校4年生の時に、学芸会の出し物で喜多さん役を演じたことがあったから。大舞台に立てない身であることを自認するだけに、いま考えると自分で信じられない行動だっが、それは子供だけに怖いもの知らずだったのだろう。本物の東海道の宿場町、島田を訪れ、脚本も自作し、毎日のように友達の家を回り歩きながら練習していた日々を懐かしく思う。

明石

明石の町を歩いていると、何故か日時計を目にする。明石城の城壁の前には大きな日時計が。そういえば要所要所に日時計があったことに気づく。実は明石市は子午線の町といわれているのだ。天文に詳しい方なら子午線がどういものかを理解されていると思われるが、旅人はまったくの門外漢だけに、少しの時間、勉強に付き合っていただきたい。

松阪

松阪城は天正16年(1588年)に蒲生氏郷によって築かれる。残念ながら天守閣は存在しないが、見事な城壁を眺めるだけでも、壮大な歴史ロマンを駆り立てる。さらにその景観を魅力的に映し出すのが、武家屋敷の御城番屋敷だ。

北区

旅のスタートは飛鳥山エリア。都内でも有名な桜のスポットは後回しにして、目指したのは旧古河庭園。お花目当てでは厳しい季節だが、北側の堂々と鎮座する石造りの洋館を眺めるだけでも十分に満足することができる。

高崎

榛名湖に到着すれば、辺りは一面の銀世界。積雪はわずか2cm程度だが、雪ナシ県で育った旅人には眩しすぎるぐらいだ。この榛名湖も幾度と無く訪れた地でもある。

常総

一言主神社に向かう。時節柄七五三で参拝する家族連れが見られ、心が和む。また秋から冬に向かう季節だけに、自然の景色をそれほど期待はしていなかったが、境内には菊まつりが催されていた。手塩に掛けた自慢の菊が並び、陽の光を浴びて輝く様は地上の花火のよう。中学生の頃に栽培した菊作りを思い出した。

倉吉

鳥取県の中央部に位置する倉吉を代表するものといえば、白壁土蔵の町、打吹地区となる。急ぎ足で倉吉の歴史を紹介すると、伯耆国の中心として栄え、南北朝時代から田丸城、打吹山城が築かれ、城下町として発展した。

松江

一通り松江城見学を終えて、塩見縄手へと向かう。ここも前回の松江の旅で通り過ぎただけ。大きな規模ではないが、整備された城下町の風情が残されていることは印象に残っていた。

東北回想編

瓦礫の絶対量は減少しているものの、その程度差には開きがある。いまも懸命な活動が続けられ、この問題がクリアになってこそ、本格的な復興に動き出す。
東日本大震災で誰もが何か力になりたいと感じ、全国からの物心両面にわたる支援がいまも続けられている。各地から寄せられる生活物資、芸能人をはじめとする著名人たちの炊き出しも、一過性という側面を持ちながらも、傷ついた心を癒すことになったことだろう。

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