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眼鏡旅情

明石

明石の町を歩いていると、何故か日時計を目にする。明石城の城壁の前には大きな日時計が。そういえば要所要所に日時計があったことに気づく。実は明石市は子午線の町といわれているのだ。天文に詳しい方なら子午線がどういものかを理解されていると思われるが、旅人はまったくの門外漢だけに、少しの時間、勉強に付き合っていただきたい。

松阪

松阪城は天正16年(1588年)に蒲生氏郷によって築かれる。残念ながら天守閣は存在しないが、見事な城壁を眺めるだけでも、壮大な歴史ロマンを駆り立てる。さらにその景観を魅力的に映し出すのが、武家屋敷の御城番屋敷だ。

北区

旅のスタートは飛鳥山エリア。都内でも有名な桜のスポットは後回しにして、目指したのは旧古河庭園。お花目当てでは厳しい季節だが、北側の堂々と鎮座する石造りの洋館を眺めるだけでも十分に満足することができる。

高崎

榛名湖に到着すれば、辺りは一面の銀世界。積雪はわずか2cm程度だが、雪ナシ県で育った旅人には眩しすぎるぐらいだ。この榛名湖も幾度と無く訪れた地でもある。

常総

一言主神社に向かう。時節柄七五三で参拝する家族連れが見られ、心が和む。また秋から冬に向かう季節だけに、自然の景色をそれほど期待はしていなかったが、境内には菊まつりが催されていた。手塩に掛けた自慢の菊が並び、陽の光を浴びて輝く様は地上の花火のよう。中学生の頃に栽培した菊作りを思い出した。

倉吉

鳥取県の中央部に位置する倉吉を代表するものといえば、白壁土蔵の町、打吹地区となる。急ぎ足で倉吉の歴史を紹介すると、伯耆国の中心として栄え、南北朝時代から田丸城、打吹山城が築かれ、城下町として発展した。

松江

一通り松江城見学を終えて、塩見縄手へと向かう。ここも前回の松江の旅で通り過ぎただけ。大きな規模ではないが、整備された城下町の風情が残されていることは印象に残っていた。

東北回想編

瓦礫の絶対量は減少しているものの、その程度差には開きがある。いまも懸命な活動が続けられ、この問題がクリアになってこそ、本格的な復興に動き出す。
東日本大震災で誰もが何か力になりたいと感じ、全国からの物心両面にわたる支援がいまも続けられている。各地から寄せられる生活物資、芸能人をはじめとする著名人たちの炊き出しも、一過性という側面を持ちながらも、傷ついた心を癒すことになったことだろう。

黒川郡

ここ黒川郡にも伊達家の歴史が息づいている。政宗公といえば大がつくほどの鷹狩り好き。何でも家康公の鷹場にまで忍び込んだという逸話が残されているほど。住宅街に不釣り合いな大きな杉の木がある。以前はお狩り場の一つであり、この地は鷹乃杜という地区だ。ある時、この地で鷹狩りに出掛けた時、特にかわいがっていた鷹が急死してしまう。政宗公は地元の農家より瓶を譲ってもらい手篤く葬ったが、その時に一緒に植えた杉であり、その名もかめ杉。鷹への愛情を物語るエピソードでもある。

塩釜

塩釜から少し北上すれば日本三景の松島も目と鼻の先だ。松島と宮島は、すでにこの旅情でも紹介しており、誌面にすることはなかったが、舞鶴の旅にかこつけて天橋立にも行っているので、個人的には日本三景を制覇している。
その日本三景ではあるが、芭蕉の句でもあまりにも有名な景勝地でありがら、個人的に松島のランクは低かった。東北編としてお届けしているだけに、訪れた取材地で、そんな感想を述べてもいたが、ある方が「松島は船に乗ってこそ、その素晴らしさがわかるんです」とのアドバイスを思い出す。

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