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丹波市(兵庫県)

信長の子孫を訪ねる

tan陣屋長屋門.jpgまず訪れたのは、柏原地区。ここは丹波柏原藩が置かれ江戸時代には陣屋町として栄えたところ。織田信長の弟・信包が立藩し、信則、信勝と続いたが、信勝に継嗣がなく3代で廃藩。しかし1695年(元禄8年)に信長の次男・信雄の玄孫、信林が大和松山藩から柏原に国替えとなり、二期による藩政が敷かれた。
その柏原藩の面影が今も残されている。シンボル的存在といえるのが、柏原藩陣屋跡。陣屋は信林が移封から20年を経た1714年(正徳4年)に造営したもの。当時は約2万㎡の敷地に表御殿、中御殿、奥御殿を擁する主屋が、また幕末には祟広館という藩校も建てられいたという。
現存するのは1820年に再建された表御殿の一部と長屋門。城下町として風情を味わおうとするなら物足りないかもしれないだが、建物が江戸時代と同じ場所に建っているのは全国的にも少ないだけに、貴重な陣屋遺構であることは間違いない。また藩校から明治以降も小学校として使用された経緯を見れば、幕末から近代における学制の変遷においても貴重な歴史的史料でもある。

天上人となる

兵庫県といえば世界遺産姫路城に代表されるように城は県をイメージするものである勝手に思い込んでいる。ここ丹波市にもとっておきの城がある。それが黒井城。ご当地の名産丹波黒大豆があるように実におあつらえ向きだ。
黒井城を目指していくと平地から山麓風景に変わっていき、駐車場に車を停めると、登山口の看板を目にする。戦国時代のことだから想像していたとはいえ、山城であった。見た目から標高もそれほど高くないのは有り難いが、天気は小雨交じりの曇り空。足下はしっかりぬかるんでいて、カメラ片手の登山は避けたいもの。しかし時間がそれを許すことはなく、幸いにも2コースがあり、当然のことながらゆったりコースを選び、プチ登山をスタートする。
黒井城の楽しみは360度に広がる大パノラマ。しかも梅雨時期とあって当たりは霧tan黒井城本丸.jpgで覆われ幻想的な世界を作り出す。そういえば兵庫県には、もう一つ有名な城、竹田城がある。天空の城とも呼ばれる大人気のお城。旅人はその姿をこの目で確かめたことはないが、黒井城はきっとそれに匹敵するような雲海に浮かぶ城であると感じしまった。そうさせたのは、やはり人力で到達した達成感である。
城主は、豪勇といわれた赤井直正。天下布武を目指す織田信長が、明智光秀に丹波攻めを命じ、黒井城を舞台に2度の攻防が繰り広げられたという。直正は黒井城の改修ほか、但馬へと勢力を拡大し、当時の名将13人の1人に数えられ、その勇猛さから丹波の赤鬼と呼ばれるまでに。それに対して旅人いえば、登頂だけで体力を使い果たし、顔だけが真っ赤に染まる。何とも頼りない赤鬼になってしまったのだ。

仏教美術に目覚める

tan達身寺縦.jpg旅の最後に訪れたのは、丹波の正倉院と呼ばれている達身寺。
歴史に不明な点があるものの、8世紀頃の創建といわれ、市内では最も古い寺らしい。また丹波の正倉院といわれているのは、重文に指定された数多くの木彫仏像が安置されているから。実はそのほとんどが、達身寺にあったわけではなく、寺の背後にあった寺に元々は安置されていたもので、信長による丹波攻めで焼き討ちに遭い、仏像だけは土に埋められ難を逃れたという。その後、当地に疫病が蔓延し、これは土に埋もれてしまった仏像たちの嘆きということから、達身寺に安置されることにった。
宝物殿に向かえば、そこには重文指定されている仏像が出迎えてくれた。いずれも組子によるものでなく、大半は1本木づくりで、その大きさに目を見張る。戦後間もなく国宝指定に関する条件が変更さえ、4体ほどの国宝が重文になったが、これは作者や作られた年度を明らかにする資料がなかったことによるもの。言い換えれば、寺の成り立ちとともに実にミステリアスで興味をそそられてしまう。
仏女なるブームも到来したが、旅人はあまり宗教芸術には関心を示さなかった。しかし宝物殿にただ1人で時間を過ごしていると、数十体の仏像全員から視線を浴びているような錯覚に陥る。もちろん恐怖のわけもなく、自らを律せよという声なき声が視線から伝わって来るようだ。しかも慈悲深い温かな視線を一身に浴びているようで、厳しくもやさしい不思議な時間を体感したのだった。

この町のオススメショップ

eyeの共同作業をほっこりと進行中 【めがね工房+ラクーラ】

raku内観メイン.jpgrakuパターン縦.jpg四方を小高い山々で囲まれた里山風景を眺めていくと、メガネフレーム産地福井を思い起こさせ、しかも眼鏡職人の故郷といわれる河田地区の風景と重ね合わせてしまうかのようだ。その思いをさらに強くしたのは、ここ丹波市にある、めがね工房+ラクーラというショップ。フレームのオーダーメイドを手がけるショッップであり、ものづくりに対する情熱と愛情を感じることができたからだった。
オーナーの髙橋義人さんは、北近畿の眼鏡店で20年以上にわたってキャリアを積んできた1人。「日々お客様と接する中で、1人ひとりに応えるというメガネが本来持つべき使命を果たせているのか、と疑問を抱くようになってきたんです。確かにメガネはファッション化に伴い様々なコレクションが出ていますが、サービス面も含めて、真の満足を届けるには限界があることを感じていたんです」と自身のショップ立ち上げに思いを寄せる。
この思いを具現化したのが、手作りメガネのオーダーメイド。その方向付けにはビジネスパートナーとして手作りアクセサリーの創作も受け持つ、植田祐子さんの存在も大きかったようだ。産地のフレームメーカー、職人たちから教えを乞い、また先行している手作りメガネショップへも足を運んだが、同業でありながらも親切にアドバイスしてくれたのは、きっと髙橋さんのメガネに寄せる一途な思いが通じたからだろう。
ショップ最大の特徴である、手作りメガネは、その人だけのジャストフィットと、ユーザーの要望をカタチにすること。つまりメガネの不変的なテーマである視力矯正用のツールとしてのビジョンケアの追求、またオンリーワンのメガネでアイファッションを彩る、いわばメガネの完成形を目指したものだ。
オーダーしたいけれど、言葉で表現するのはなかなか難しいもの。だが店内にはたくさんのサンプルが飾られているからイメージしやすいが、それ以上に髙橋さんが自然な会話の中から、思い描くイメージをカタチにしてくれるので心配はない。
アクセサリーを担当する植田さんは、同店の店舗デザイン、ショップロゴを手がけるクリエイティブな方で、その感性が各種アクセサリーに注がれる。ルーペ、バングル、グラスピアス、ストラップなどバラエティも豊富。このアクセサリーお目当ての顧客も少なくない。また植田さんも産地に赴き磨き職rakuヤスリ2.jpg人から手ほどきを受けるなど、手作りメガネ同様にアクセサリーもデザインから製作までを手がける、愛情が詰まったアイテムとなっている。
店名に込められたラクーラとは、心遣い、気遣い、癒やしを意味するもの。なるほど、お二人は終始にこやかな笑顔を浮かべ、取材を忘れてしまうほどに癒やされてしまう。ほっこり、ぬくもり、手作り感…、人と人の結びつきによってのみ生まれるアイウェアは、まさに愛情深まる逸品となるのだろう。

SHOP DATA

rakuオリジナル.jpgrakuオーナー.jpg住所:丹波市柏原町田路114-5
TEL&FAX:0795-71-5053
営業時間:10:00~19:00
定休日:水曜日
HP:lacura.hp.gogo.jp/pc/
取扱ブランド
AKITTO、KIO YAMATO、Face Fonts、BOSTON CLUB、MUGUTE、TURNING、O&X、CONCEPT Y、Z-parts、Arcobaleno、lacura Originalなど

右上/オーナーの高橋義人さんと植田祐子さん

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