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和泉市(大阪府)

タイムマシンに乗って

弥生文化博物館卑弥呼.jpg案内所でパンフレットを手にし、係の方におすすめススポットを伺えば、いの一番に府中エリアの弥生時代の遺跡に触れて、太古のロマンを感じてほしい、とのこと。それならば、レンタカーをデロリアンに見立て、時計を猛スピードで巻き戻すことにしよう。
池上曽根史跡公園に辿り着く。この遺跡は泉大津市とまたがる弥生時代の環濠集落遺跡遺跡であり、総面積60万㎡の大型集落遺跡となっている。昭和30年代から発掘調査が行われ、1995年には大型高床式建物と井戸が発見され話題に。復元されたその建物の大きさは約80畳、井戸は2mと、いずれも弥生時代の復元建物として全国最大級の大きさを誇るものだ。
このほか園内には7棟の建物が復元され、2千年前の繁栄を垣間見ることができるようになったというが、旅人の背にある想像という翼は羽ばたくことをしらないので、思いに馳せるまでには至らなかった。
そこで浅学非才を少しでも改めようと、隣接する府立弥生文化博物館を訪れることにした。ここは地元の遺跡にとどまらず、弥生文化を今に伝える全国でも珍しい博物館。実物資料をはじめ、全国の著名資料のレプリカや竪穴式住居、そして推定復元された卑弥呼の館などが展示されている。
ルーツの一端が判明?したことで、もう一つの遺跡へと向かうことにする。それは和泉黄金塚古墳。曽根史跡公園で担当者に道順を伺うと、「いま黄金塚古墳を観光資源として整備しようとしているのですが、周辺の土地所有者のすべての方々から賛同を得ていないので…」と口が重い。俯瞰できる場所は、また近くまでいくことができるのかと、無礼を承知で矢継ぎ早に質問すると、地図を指し示しながら、近くまで行くことが可能であることがわかった。
再び小さなデロリアンに乗車すると、ナビには古墳を示すこともなく、道路も間近にまでは延びていない。小さなタイムマシンを武器に小金塚.jpgすれば狭い道でも怖くないと、こういうときだけはポジティブシンキング。しかし2度チャレンジしても道路すら見つからず、3度目のチャレンジでようやく、古墳近くまでの道を発見することができた。もちろん車1台がやっと通れる道なので、それなりの覚悟を持って出掛けよう。
古墳と思しき付近は田畑で囲まれているようだ。墳丘が高ければ、その存在を確認することができるが、それらしきものは見当たらない。意を決して畦道を恐る恐る歩いて行くと、小さな墳丘の頂上に碑らしきものが建立されている、きっとこれが黄金塚墳丘だと思い、シャッターを切ることができた。

小栗街道をゆく

稲荷石碑.jpgそれでは少し時計の針を進めることにしよう。
せっかくの機会なので往時の人たちにならい、小栗街道を北上していくことにしよう。季節にも助けられながらいつもより疲労感を覚えることなく歩を進めることができたが、そろそろ2駅目に辿り着く頃には、さすがに貧脚が悲鳴をあげている。そろそろ見どころを探そうとむち打つと、信太森葛葉稲荷神社の前に立つ。ここは安倍晴明とゆかりの深い神社であったのだ。
陰陽師として活躍した晴明のその超人的なルーツは、母親にあり。何故ならその母親が「白狐(葛の葉)」だっという伝説が残されているといい、それを祀る神社こそ、信太森葛葉稲荷神社。安倍保名が一家の再興に向けて日参していたある日のこと、稲荷の境内で数人の狩人に追われた1匹の白狐を助けるものの、本人は傷を負ってしまう。すると命を助けられた白狐は葛の葉という美しい女性に化け、保名を介抱するだけでなく、何度も見舞うようになる。いつしか恋心が芽生え夫婦となり、その後、童心丸(後の晴明)を授かることに。
これでめでたし、めでたしであれば言うことはないが、童心丸が5歳の時、ふとしたことからら白狐だということが露見し、我が子を置いて泣く泣く信太森へ帰ったという。別れ際に葛の葉は口に筆を加えて、家の障子に次の一首を残していったという。

恋しくば 尋ねきてみよ 和泉なる
信太の森の うらみ葛の葉

落ちることのない友好を

水にまつわるスポットを発見。それが西福寺。ここも伝説に彩られた場所で、その昔、内にある井戸に雷が落ちて、地元の老婆がすかさず蓋をして雷を閉じ込める。今後、この地(桑原)に絶対に落ちないことを誓約させ、雷を逃すことに。それ以降、ゴロゴロと鳴れば、「クワバラ クワバラ」と雷避けの呪文を唱えるようになったという。
受験生はもちろん、ゴルファーや電気工事関係者にも信仰を集めているという。実に有り難いことだが、旅人には気になることがあった。どちらが発祥なのかはわからないが、同じ伝説を持つお寺を、この旅を通じて訪れていたのだった。ただし、その場所がどうしても思い出せなかっ西福寺.jpgた。
旅を終えて編集部に戻り、バックナンバーをしらみつぶしに探していくと、見つけました。それは兵庫県三田市にある欣勝寺だった。市こそ違えど、所在地は同じく桑原。どちらが本家なのかを決めるのは野暮なこと。そういえば、和泉中央駅付近の景色も既視感を覚えていた。丘陵地に宅地開発され、瀟洒な邸宅や豪華なマンションが建ち並ぶ、ハイソなイメージが共通していたのだった。ならばクワバラはきっと必然なのだろう。そして勝手ながら、きっと両市ともども落ちることはなく、前進していくことだとう。

この町のオススメショップ

街のメガネ屋さんの心意気 【グラスハウス オオシマ】

オオシマ内観メイン.jpgいまやメディアの世界においても、ブログやSNSは情報収集に欠かせないソースになっている。もちろんメガネ業界も業種を問わず情報発信に努めているが、ふと目にしたブログが実に印象的だった。メガネを掛けて満面の笑顔を浮かべるキッズやジュニアたちが映し出されていたからだ。
その主は、大阪府泉北地域、和泉市にあるグラスハウスオオシマ。泉北高速鉄道・和泉中央駅から徒歩10分、閑静な住宅地の一角にあるショップは、淡いピンクに彩られ、店内に入ればグリーンや季節の花々が安らぎを届ける。なるほど、この空間ならキッズはもちろん、家族全員が心ゆくまでアイウェアが楽しめそう。もっとも店長の大島英雄、良子さん夫妻の人柄こそが、ビジョンケアと楽しきアイライフを支えていることに他ならない。
実は同店の前身は、眼鏡レンズ産地の1つ、岸和田市で眼鏡レンズ製造業を営んでいたという。誰もが知るサングラスの代名詞的なブランドの度付レンズを中心に製造をしていたほか、工場の一角にショップも併設。眼鏡レンズ素材の変遷を見越しているかのようだが、快適な視界を提供したい、という思いに変わることはない。
大島店長は次男ということもあって会社勤めをしていたが、後継者として2代目を継ぐことになる。「やはり父の代で終わらせてしまえば、お客様に迷惑を掛けてしまいます。小さな頃から懸命に働いていた父の背中をずっと見てきましたし、僕自身がメガネに育てもらったようなものです」としみじみ語る。4年間にわたる修業を積んで、家に戻ってくる頃と時を同じくするように現店舗がオープンするなど、大島店長のキャリアはショップの歩みとリンクする。
いまから20年前といえばアイウェアカルチャーが花開いた頃でもあり、楽しきアイウェアを提案できるアイテムを取り入れながら、新たなカラーを打ち出していく。世代的にもいわゆるセレクトショップへと舵を切りそうなものだが、「お子さんからご高齢の方まで、幅広いアイテムを揃え、すべての要望にお応えできる、町のメガネ屋さんでありたいんです」とキッパリ。
それを象徴する1つが子ども用メガネへの取り組み。取材時、わずかな時間でありながら立て続けに家族とともにキッズやジュニアが店を訪れる。静かに絵本を広げたり、遊び道具を探して店中を元気に歩き回ったりと、子ども達は一様に満面の笑みを浮かべている。
医療機関との信頼関係の構築がベースになっているのは明らかだが、大島店長自らが行動したわけではなく、顧オオシマ横2.jpg客の1人がある医療機関に同店の良さを話したことがきっかけとなり、その輪が広がっていったらしい。「お子さんのメガネは視力矯正というより治療用のメガネとしての比率が高いんです。ですから、そのお子さん達が成長してメガネを必要なとしなくなった時がうれしんです」と微笑む。
また同店が一番心がけているのは、掛ける人それぞれの視生活に合わせた最適なメガネの提供。何気ない会話の中から引き出してくれるから構える必要もない。その主役といえばレンズ。これは同店の生い立ちを見ても得意分野と思われる。「僕自身は少し手伝った程度なんです」と謙遜するが、たとえば初期老眼や高齢者に向けた遠近世代には、業界では一般的な累進レンズの呼称を控え、室内用でも同数を考慮して遠近両用で調製するなど、しっかりとDNAは受け継がれているようだ。

SHOP DATA

オオシマ商品.jpgグラスハウス オオシマ
住所:和泉市のぞみ野3-778-59
TEL:0725-53-3100
FAX:0725-53-3133
営業時間:9:30~19:30
定休日:木曜日
HP:www.glass-oshima.com/
取扱ブランド
JAPONISM、AKITTO、KOWALSKI、KAMURO、OAKLEY、GOSH、TOMATO GLASSES、BCPC、MUGUET、シルエット、OAKLEY、FLEAなど

店長の大島英雄、良子さん夫妻

店長のオススメモデル
上:KOWALSKI WS 中:AKITTO rey-p 下:JAPONISM JN-590
 

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